大久保青志Rockなブログ

 

 


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vol.1 15年の時を経て変わったもの、変わらないもの
vol.2 平和と平等をあきらめない(前)
vol.3 平和と平等をあきらめない(後)


vol.1 15年の時を経て変わったもの、変わらないもの

1989年に東京都議会議員にトップ当選を果たし、今年、再び都政にチャレンジする決意を固めた大久保氏。今日は15年を経て大久保さんのなかで変わったもの・変わらないものについて、聞いてみたいと思う。

都議時代を語る〜平和と環境

……大久保さんが15年前、都議を務めたときにはどんなことに勢力を注いでいたの?

大久保:僕が都議として活動していたのはいまから15年前の1990年代前半なんだけど、そのころってちょうどバブル真っ盛りの時代だったんだよね。世の中全体が開発志向で、鈴木都政も臨海部の再開発を目玉としていた。そういうなかで、東京の都市計画やまちづくり、環境問題が僕にとってのメインテーマだった。

……15年前といまとでは、都市計画や環境問題をめぐる行政のあり方も随分と違っていたと思うんだけど……。

大久保:そうだね。いまは、開発に対しても環境アセスメントをはじめとして、住民の意見を吸い上げるシステムができているけど、当時はまだそうしたシステムがなくて、行政や民間業者が行う開発に対して反対運動が起きても、結果的には開発計画が進められてしまうということが多かった。ただ89年90年ごろから、都も住民サイドに立って考えていくという形に変わってきて、市民参加型の自治というものが少しずつ前進してきたというのはあると思う。僕もそうしたシステムづくりに都議として取り組んでいたんだよね。

……大久保さんといえば、音楽を通じて平和や平等を訴えてきたわけだけど、そこと環境問題とどういうふうにつながっていったんだろう?

大久保:1970年代というのはベトナム反戦という世界的な運動の流れがあって、僕自身もそこで平和というものを考えてきたわけ。その延長線上で1982、3年ごろから反核運動とか脱原発運動とかをやってきて、アトミックカフェという音楽イベントを主催して、メッセージを発するというところで、だんだん環境問題に関心をもって取り組むようになったという経緯があるんだよね。

……その流れで15年前の都議時代の取り組みがあるってわけだ。

大久保:そう。でも都議に当選する前は平和とか核の問題がメインだったから、実際に都政の場で僕が何をできるのかということは未知数だったよね。それでも当選したことによって、民主主義の原点というか日常政治の原点は自治体だと。そういう自治というものが民主主義を作っていくということをものすごく肌で感じたということがあった。そのなかで東京という都市に住む人間として環境問題を考えたときに、ただ自然を保全すればいいということではなく、ちゃんとしたまちづくり・都市計画をやって、そのうえで自然の保全に取り組んでいくことが大切なんだというところにたどり着いた。そんなわけで環境のためのまちづくりをテーマにしようと考えたんだよね。時代背景的なことでいうと、地域環境の問題というのもずっと対立型で行われてきていたんだけど、そうした運動によって行政サイドも企業サイドも学び、行政的なルールづくりをしようという機運が高まってきた時期と都議になった時期とがマッチしていたんだ。

……その当時は環境問題ひとすじということだったの?

大久保:自分が取り組んできたものに動物問題もある。これも環境問題とつながっているんだけど、都市における動物と人間の共生、具体的には集合住宅でのペットとの共生のルールづくりに取り組んで、これは都条例として実現したよね。あとは動物虐待の問題にも取り組んできた。そんなわけで当時は“ワンニャン議員”なんて呼ぶ人もいたくらい。

親になって見えてきたもの

……今回「子どもにお金を使おう!」ということもポリシーに掲げているけれど、当時は子ども問題は守備範囲ではなかったの?

大久保:やっぱり子ども問題に本腰入れて取り組みはじめたのは、自分に子どもができてからだよね。と言いつつも、子どもができる前から地域の仲間と共同保育の運営に加わってはいて、親たちと幼児教育について議論したりってことはあったけど、教育とか保育のあり方を実感し考えるようになったのは、親という立場になったことが何といっても大きいよね。

……そういったなかで、いまの行政が子どもに必要なお金を使っていないということを実感したわけだ。

大久保:よく相談をもちかけられるんだけど、共働き夫婦のところでは待機児童の問題がつきまとうよね。子育てを行政がどう担保していくかというときに、さまざまな形で公的援助や施設整備を実現しなければいけないわけだけど、そういう環境を整えるということに関しては、まだまだお金の使い方のバランスが悪いのが現実だよね。

……そのほかにいまの都政で気になっていることはある?

大久保:例の「心の東京革命」っていうスローガンについては大いに疑問を感じているよね。このことはまた次の機会に話すけど。

……こうやって話を聞いていくと、次世代の問題にどう向き合うのかというところが、15年前にはなかった大久保さんの新しいスタンスなんだね。

大久保:そうだねえ。20、30年前というのは、自分あるいは自分たちの世代の生きる課題に取り組むっていう部分が大きかったと思う。

“ロック魂”とは何ぞや

……あと聞いてみたいのが、「ロック魂で思い切り行動する」ということについてなんだけど、ロック魂で行動するってどういうことなの?

大久保:ロック魂をどうイメージするかっていうのは人それぞれあるとは思うけど、ロックっていうのは、体制に対するアンチであったり反発であったり、いわゆる大人社会に対するアンチテーゼでしょ。だから僕自身の生き方としてもフジロックのづくり方にしてもまさにロック魂だし、その姿勢はこれからも貫いていこうと思っている。60年代後半から平和と平等を諦めないという姿勢は、僕のなかで変わっていないんだよね。だからここは譲れないし、ぶれない軸でもあるんだよね。

……いま大久保さんは50代だけど、いろいろな意味で微妙な年代だと思うんだよね。大久保さんのようにロック魂を燃やし続けている人がいる一方で、そうではない大人たちが圧倒的に多いようにも思うし。たとえばこの2月、フジロック主催者の日高正博さんと大久保さんとのトークイベントをやったけど、「大久保さんという人を初めて目の当たりにして、とっても面白い人がいると思った」と感動していた20代がいたよね。あれはよっぽども大久保さんという珍しいものを見てしまったというところなのかな。

大久保:そうかもしれないねぇ。でもさ、そういう大人が少数派になってしまわないようにしなきゃいけないんだよね。

……少なくとも大久保さんのまわりには確実にそうした人たちがいてがんばっているわけで、そうしたつながりのなかで何かが生まれる可能性とか希望は間違いなくあると思う。世代を超えて共感する部分はとっても多いし。というわけで今日はこの辺で。


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